クロガネ・ジェネシス

第32話 変身解除
第33話 アーネスカの秘策
第34話 裸の暴君
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第33話

零児の虚無





 漆黒の空を照らすエメラルドムーン。

 しかし、その月の光もいつ雲に覆われて見えなくなってしまうかはわからない。

 そんな夜空を舞う嵐竜《ストーム・ドラゴン》と人間が3人乗っている飛行竜《スカイ・ドラゴン》がある。

 飛行竜《スカイ・ドラゴン》はグリネイド家の屋敷目指して飛んでいた。アーネスカによれば、嵐竜《ストーム・ドラゴン》、ダリアを倒す秘策があるらしい。

 ダリアは突然自分を追うことをやめ、逃げ出したのかと思った。放っておくことも考えたが、人間としての姿を晒させた人間達を放っておくことはできない。

 そう考え、飛行竜《スカイ・ドラゴン》、セルガーナの背を追いかけることにした。

 人間が3人乗っているセルガーナ、シェヴァよりも、単体で飛行しているダリアの方がはるかに速い。

 そのため、セルガーナの真横に、あっさりとダリアがとりついた。

「くっ……!」

 苦虫を噛み潰したかのような表情で、横に並ぶダリアを睨みつける零児。零児はシェヴァの操舵のために手綱を握っているので、応戦できない。

『逃ガシハシナイヨ!』

 ダリアは口内から青白い光を発生させる。それは竜《ドラゴン》の種であるならばほぼ全てが発することのできるブレス攻撃。それをこれから放とうというのだ。

 零児は手綱を横に引っ張り、シェヴァの軌道を変える。このまま攻撃されれば、間違いなくシェヴァに直撃する。それを避けるために、ダリアと距離を開けようというのだ。

 零児の思惑通り、シェヴァとダリアとの間の距離が大きく広がった。その直後、ダリアが口からブレスを放った。

 ダリアの狙いはかなり正確で、青白い光球は真っ直ぐにセルガーナ・シェヴァ目掛けて放たれた。

「エクスプロージョン!」

 その時、アーネスカが自らの回転式拳銃《リボルバー》に装填された魔術弾を発射した。魔術弾はその名の通り爆発を起こし、光球を相殺する。

 ダリアとシェヴァ。2頭の竜《ドラゴン》の間に大きな爆煙が広がる。

「見えてきたわ!」

 その時、アーネスカがグリネイド家の屋敷を目視で確認する。

「だが、どうする? のんきに地面に着地させてくれるとは思えないぞ!」

 零児も同様に屋敷を確認する。

「可能な限り屋敷に近づいて! あたしがガラスを突き破って飛び込むわ!」

「わかったぁ!」

 零児はシェヴァを駆り、グリネイド家の屋敷へ近づき、シェヴァの進路を、屋敷スレスレの軌道に変える。

 その時の一瞬の減速の際に、アーネスカはグリネイド家の屋敷に飛び込んだ。



 頭から飛び込み、ぐるりと地面に転がるアーネスカ。

 立ち上がって現在位置を確かめる。

 が、即座に気づいた。ここは使われていない空き部屋であることに。

 アーネスカは早々に内側から扉のロックを解除し、廊下へでた。

 一直線に目指すは自分の部屋。

 部屋に入り、魔光のスイッチを入れる。一瞬で部屋全体が照らされ、辺りの様子が見えるようになる。

 部屋の中は散らかっており、あちらこちらに金属片やら木片やら薬莢《やっきょう》やらが散らばっている。普段から銃について色々研究しているアーネスカらしい部屋だった。

 きょろきょろと辺りを見渡す。

「あった!」

 そして目当てのものを見つけると、即座にそれを拾い上げた。

「見てなさいよダリア! これで決着をつけるわ!」

 アーネスカは左手にそれを持ちながら、部屋を後にした。



 ――アーネスカは上手く飛び込んだみたいだな。

 シェヴァの上に取り残された零児とアマロリットの2人はダリアに追われる状態を続行していた。

 アーネスカとすぐ合流できるように、グリネイド家の屋敷を飛び回りながら。

 アマロリットは先ほどからダリア目掛けて回転式拳銃《リボルバー》を撃ち続けている。しかし、幾度撃とうとも、銃弾による攻撃は有効な攻撃として機能していないようだった。

 その証拠に、ダリアは先ほどから動きを変えていない。もっとも当たっているかどうかさえ、目視で確認できていないのだが。

「零児! もっとスピードでないの!?」

「無茶言わないでくれ! これ以上は無理だ!」

 そんなやり取りの最中、ダリアは凄まじい勢いで零児達の横を通り過ぎた。その瞬間発生する突風。それに煽られ、またもシェヴァがバランスを崩す。

『グォォォォゥ!』

 高度が下がる。失速には至らないが、あまり極端に高度が下がると、民家などにぶつかる恐れがでてくる。それだけはなんとしても避けなければならなかった。

「シェヴァこれ以上高度を下げるなああああ!」

『グオオオオオオオオオオオウ!!』

 零児は手綱を引っ張り、シェヴァも零児の意志に答えようと飛行の安定をはかる。

 その時、シェヴァより上空からダリアの光球が放たれた。しかもそれは1つや2つではない。いくつもの光球が雨となって零児達の上空から放たれたのだ。

 民家の屋根スレスレを飛ぶシェヴァ。その周囲の屋根に直撃した光球は大きな衝撃となって、シェヴァの飛行をさらに不安定にする。

 なんとか高度低下は避けているものの、このままではやられるのは時間の問題だった。

 光球の雨が止んだ頃、零児は再びシェヴァに指示を出し、再び高度を上げる。

 零児はそこで竜操の笛を吹いた。シェヴァにグリネイド家の屋敷へ戻るように指示を出したのだ。

 アーネスカが何らかの秘密兵器を手にしたのなら、その攻撃対象であるダリアをグリネイド家の屋敷に近づける必要があるからだ。

 ダリアの攻撃を回避しきることに成功し、再び高度を上げたシェヴァは、ダリアほどではないにしろ、かなりのスピードでグリネイド家の屋敷へと向かった。



 アーネスカはグリネイド家の屋敷。その屋根の上に上っていた。

「ハァ……ハァ……」

 彼女の額からは汗が流れ出ていた。これから自分がやろうとしていることに対して緊張しているのだ。

 失敗は許されない。失敗すれば、自分が死ぬことになるだろう。しかし、それだけのリスクを背負わなければ、ダリア《アレ》は倒せない。

 アーネスカは目視でダリアの姿を探した。そして見つけた。シェヴァの背後を飛行する嵐竜《ストーム・ドラゴン》の姿を。

 アーネスカは先ほど手に入れた銃のような形をした何かをダリア目掛けて構える。

 それは一見銃のような形をしているが、決して銃と呼ぶべき形をしていなかった。

 ボウガンの様な槍がついており、その槍は細い鉄線とつながっている。細い鉄線は魚を釣るときに使うリールのようなものに巻き付けられている。

 銃口と呼ぶべきものは存在せず、引き金《トリガー》が人差し指用と、中指用の2つが存在している。

 その用途は先端に取り付けられた槍を放つものであった。アーネスカはそれをフックショットと名付けた。

「行くわよ……アーネスカ!」

 自らにそう言い聞かせる。

 アーネスカはダリアが通り過ぎるであろう位置を予測して構える。

 シェヴァが通り過ぎ、その真後ろをダリアが追う。

 アーネスカはダリア目掛けてフックショットを放った。

 銃弾をはるかに下回るスピードで、鉄線に繋がった槍が発射される。

 槍は見事にダリアの首に巻き付いた。

『ナニ!?』

 ダリアは自分の見に何が起こっているのかわからず困惑した。次の瞬間ダリアの高度がガクンと下がった。

 まるで重りがつけられたかのような感覚を味わう。

 自分の体にのしかかる重さ。それがなんなのか確認するために、彼は鉄線と繋がっている何かに視線を走らせた。

『バ、バカナ!?』

 そして驚愕した。自分の首に、アーネスカがぶら下がっているのだ。

 アーネスカは落ちないようにしっかりとフックショットのグリップを握りしめていた。

 いつ民家の壁にぶつかるかわからないこの状況。それによって発生する凄まじいまでの緊張に、心臓が早鐘を打っている。

 だが、気をしっかり持たなければ。今ダリアを止められるのは自分だけなのだから。

 そう思うと、アーネスカは中指用の引き金《トリガー》を引いた。

 すると、鉄線を巻き付けているリールが回転し始め、ダリアとの距離を詰めていく。

『クッソウ! 離レロ! 離レロォォォォ!!』

 ダリアは怒りに身を任せて加速した。しかし、それでも、アーネスカは手を離さない。

 スピードを上げるだけでは振り切ることができないと判断したダリアは、今度は上空で大きく蛇行することでアーネスカを振りほどこうと考えた。

 そして、その考えの通りにダリアは行動した。

「グッ……ウウウウウウウウ……!」

 横に大きく揺さぶられ、アーネスカは歯を食いしばる。暴力のような風が、アーネスカの頬を叩きつける。

 だが、そうしている間にも、鉄線は巻き取られ、ダリアとアーネスカの距離はどんどん近づいていく。

『クソ……! ナゼ落チナイ!?』



 落ちるどころか――



 アーネスカはダリアのすぐ背後まで接近していた。そして、限界まで鉄線が巻き取られたと見るや、アーネスカはダリアの背に飛び乗り、ダリアの首に抱きついた。

『オ、オノレ人間!』

「観念なさい! 諦めて地上に降り立つのよ!」

 ダリアの背の上で降伏勧告をするアーネスカ。

『コウナッタラ……!』

 しかし、ダリアはアーネスカの指示に従おうとしない。全力でアーネスカを振り落とすために、必死になって蛇行する。

 しかし、アーネスカも負けない。両腕を首に巻きつけてその手を離さない。

「あんたにもう勝ち目はないわ! これ以上抵抗するのはやめなさい!」

『フザケルナ人間! お前らの指示に従うくらいなら死んだ方がマシだ!』

「……」

 瞬間。アーネスカの表情が沈んだ。

「そう……わかったわ……」

 アーネスカは魔術弾が装填された回転式拳銃《リボルバー》をダリアの首に向けた。

『オ、オイ……? まさか……?』

「そうよ」

 アーネスカは何のためらいもなくそう呟いた。

『結局ソウカヨ……。人間ナンテ自分勝手ナ生キ物ダッテ話ハ本当ダッタ訳ダ……。自分達ノ意志ニソグワナケレバ、殺シテシマッテモ構ワナイッテワケダ!』

「あんたがあたしのことをどう思うかなんてあたしにはなんの関係もないわ。ただあたしは、姉さん達と共に、人間と亜人が共存できる世界を作る。姉さん達が歩む未来に、罪があるのなら、あたしもその罪を背負うまで!」

『チ、チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 そして、アーネスカは魔術弾を放った。

 ダリアの首は一瞬にして吹き飛び、翼を制御する頭を失ったダリアの体は一瞬にしてその高度を落とした。

 元々あった飛行の勢いは簡単に失われることはなく、アーネスカを乗せたままダリアの体は地面に激突した。

 そして、惰性で地面を引きずる。

「ウウウウウウウウウウウウウ!!」

 いかなる衝撃にも耐えられるように、アーネスカはダリアの首にしがみつく。

 しかし、人間の力でしがみつくにはその勢いはあまりにも強すぎた。

 アーネスカはダリアの体から放り出されてしまった。

「……!」

 空中でいつでも転がる体勢を作る。そして、地面に激突すると同時にゴロゴロと転がり、その衝撃を受け流す。

「ハァ……ハァ……」

 外傷はない。アーネスカはヨロヨロと立ち上がり、死体となったダリアを見た。

 首から上はアーネスカの魔術弾によって吹き飛ばされ、なくなっている。行き場のなくなった血液がドクドクと流れ出て、血溜まりを作り始めていた。

 アーネスカを乗せて引きずった跡も残っている。

「ハァ……ハァ……」

 肩で息をする。先ほどよりもはるかに多くの汗が全身を伝う。

 舞踏会に参加するためのドレスも、所々が破れてボロボロだ。

 そんな自分の様を見て、感慨深く……漆黒の空を見つめて呟いた。

「あたしに……こういう格好は似合わないってわけか……」

「アーネスカーーーー!!」

「……あ」

 アーネスカは呆然と、姉の声がした方向を振り向いた。そこにはシェヴァに乗ったアマロリットと零児がいた。

 アマロリットはシェヴァが地面につくより早く飛び降り、アーネスカの元へ駆け寄って彼女を抱きしめた。

「よくやったわアーネスカ! さすが私の妹だわ!」

 アマロリットの包容に、アーネスカの頬が熱くなる。

 今まで心配をかけた分、こうやってアマロリットの役に立つことができたこと。そして、アマロリットがこんなにも喜んでくれたこと。それがアーネスカには嬉しかった。

「あ、ありがとう、姉さん」

「まったくあんたは無茶ばっかりするんだから! もう無茶するんじゃないわよ!」

「善処するわ。アマロ姉さん」

 アーネスカは笑って返した。

 アマロリットはそれに満足し、零児に向き直る。

「零児! それじゃあ、バゼル達と合流しに……」

 そこでアマロリットは言葉を失った。

 背中から漂うのは勝利の喜びではなく、負のオーラだった。

 それは例えるなら虚無。背中を見ただけでもそれがわかる。

 零児は呆然とダリアの死体を見つめていた。

「俺は……」

 ――こんなことのために……戦った訳ではないのに……。

 自分は何のために戦ってきたのか。なぜこの結果が生まれたのか。

 答えは出ない。頭の中で自問自答を繰り返す。

 どうしようもない罪悪感と共に、凄まじい虚無感が零児を襲っていた。

 
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